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ハチ

東照宮の丘裾だから「御宮下」

天保年間の古地図では、すでに東照宮東側の通りが「御宮下」と名付けられています。これは現在の宮下銀座商店街ではなく、もっと東側の通りのことではないかと思われます。
この近辺は松が生い茂る「霊松山」という景勝地で、東照宮が創建されてから丘裾に徐々に町家が広がったといわれています。
東照宮は国宝にもなっていた社殿を戦災で失い、昭和37年に再建を果たします。復興にあたり境内であった丘裾を拓き、その一部に宮下銀座商店街が整備されます。

  平成33年4月17日 水戸東照宮
御鎮座四百年まで